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skate columnSKATE COLUMN 2015/12/2

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折原 紀満(オリハラ ノリミツ)
Solid Skates(ソリッドスケーツ)という屋号で
無垢の木材からスケートデッキを造る、デッキシェイパー。
1961年誕生・北海道札幌で育ち、十代前半にアメリカン・カルチャーの洗礼を受け、何かが覚醒。夏はもちろん、乾いた路面さえあれば冬でもスケートボードで遊び、スノーボードが登場してからは、嫌いだった雪でも遊ぶようになり、バートン・スノーボード初代チームメンバーに選ばれる、主にスラロ−ム競技を得意とし、スケート・スノー共にレースを楽しむ。十代半ば〜二十代前半は、横乗り遊びに魅了され定職すら持たず滑りっぱなし。さすがにマズイと、1986年東京に居を移し生活を一変。場所が変われども、同じ嗜好の仲間にも恵まれスケートやスノーも結構充実した週末を過ごし、例の泡が弾けてもめげずに一端のサラリーマン生活を送るが、2012年四半世紀近く楽しんだ東京生活に別れを告げ帰郷。故郷の札幌で大好きなスケートデッキ作りを生業に選び、現在に至る。
1回目 2015/12/2 『出会い・そして別れ』
2回目 2015/12/16 『嗚呼、ハマっていく』
3回目 2016/1/6 『スケートボードのおかげかな?』
4回目 2016/1/20 『僕はいつまで滑れるのかな』

『出会い・そして別れ』


前回までの谷口 昇太郎さんからの続きになります、
谷口さんとは残念ながら面識が無いのですが、
とある方からのご指名を頂き、これから四回のコラムを担当させて頂く、折原 紀満です。
「いや、知らねーし!」と思う方が殆どでしょうね、実は僕もそう思います。
近年のスケート事情に於いて、殆ど何の実績も無いのですから・・・

簡単な自己紹介から入りましょう、
まず、現在54歳のオジサンで、好物はビールです。
スケートボード・トリックについては、まずオーリーが出来ません・・
あえて得意と言えば、スラローム競技くらいですが、
最近は競技会場から遠くに越してしまったので、出場すらしてません・・
ねっ、何でエラソーにスケートコラム書くのよ?でしょ、
けど大好きなのです、スケートボードが。

僕は現在 北海道 札幌に住み、無垢の木材から削り出してスケートデッキを創っています。
主に北海道産の皮付きで厚みのある木材からアウトラインを切り出し、
それに乗る人を想い、カンナやヤスリを使い形作っていく、ざっと言うとそんなことを行っています。
そのことについては後の回で詳しくお話ししたいと考えていますが、
まずはそんなオジサンの昔話として、スケートボードとの出会いからお伝えしたいと思います。


では時間をさかのぼって見ましょう。
今から45年程前、僕がまだカワイイ小学生の少年だった頃。
インターネットどころかパソコンや携帯電話すら無い時代、やっと固定電話が家庭に普及し始めた頃、
少年の娯楽といえばテレビと少年漫画、プラモデルに自転車くらいでした。
当時の話題といえば、国内では三億円事件が起きてすでに二年が経過、犯人は未だ捕まらず。
翌年には世界的なビッグニュース、
アポロ11号で人類が始めて月に降り立つ、夢のような計画の成功に世界が沸き立っていました。
そんな頃「コンニチハ〜 コンニチハ〜 ・・」という歌に乗って万国博覧会が日本にやって来ました。
少年の夢、行きたい、見たい!
初めての大阪への家族旅行、今思えば北海道から大阪まで連れて行ってくれた両親には感謝です。
会場で見聞きしたもの、未来の世界ってこんな感じ?スゲー的な、
それはそれは凄すぎて言葉に出来ない位の驚きでしたが、中でも少年の心に響いたのは、
あの世界的ビッグニュースだったアメリカ館でのアポロ計画関連の展示でした、
「アメリカって凄い、凄すぎ〜!」そんな感情が少年の潜在意識に刷り込まれるのも必至でしたね。

時を同じくしてテレビドラマは
アメリカ製のホームドラマが全盛で、日曜の朝はテレビにカジリ付いて観てました。
そんな中、何のドラマだったのか定かでは無いのですが、アメリカの住宅街どこもかしこもアメリカな景色、
主人公のお宅にはガレージまでのドライブウェイが有り、
そこを子供達が何か?板に乗って滑っているのですよ、
「あれは何だべ?やっぱりアメリカは子供までスゴイ、カッコイィ〜」
そこでまた少年の心に疑問と憧れが残るわけですね、
当時は僕の母が洋裁をしていた関係で、
たまたまメンズクラブやMCシスターなどの青年向け服飾雑誌が家にあったのですが、
子供は見るなと言われてる訳でも無いのに、何だか親の目を盗んでこっそり読む訳ですよ、
するとね、中の記事にあの何か?の板を持って微笑む青年がいるんです、
「これは!?」読むとローラーサーフィンだとの事、
やられましたね、完全に・・・
欲しい、けどどこで売ってるの?
親に聞いても「そんなもの知らん」だし、悶々です。

(その当時のスケートボード、ウィルがまだクレイでした)

戸車って知ってます?
昔のお家の玄関って引戸が多くて、床にレールがあってその上にローラーを介して戸が動くのですが、
そのローラーが戸車、
これを四つ用意してそこらにあった板にネジ止めして、自分なりのローラーサーフィンを作りましたね。
けれども何と言っても周りに舗装路がほぼ無い時代、
砂利道で遊ぶもこれが直ぐ壊れるし、ダメだ・・すぐに少年の熱は冷めました。

それから数年・・未だアメリカに憧れを持ったままの少年の前に、
カリフォルニアの生活文化を紹介したPOPEYEが創刊するのですが、
そこに、かつて夢見た例の板が数ページぶち抜きで紹介されており、そいつの正体を知る訳なんです。
その名もかつてのローラーなんちゃらでは無く、堂々と、これはスケートボードなんだと言うわけです、
凄いスピードで坂を下りヒラヒラとパイロンをかわし、
ダンスの様に舞い、締めにはコンクリートで出来た波を駆け上るという・・・
ヤバイです、もう釘付けです、
寝ても覚めても とはまさにこれ、どうやって手に入れようかと考える日々が続きました。

そんな折です、とあるアメリカ帰りのお方から「これ要る?」のお申し出、   
「エエ〜〜〜っ!」あの憧れのスケートボードでした、もうヨダレ垂らしまくりのハアハアです。
結構ボロボロの小さなファイバーデッキでしたが、とにかく感謝!です、
最初はバランスすら取れずコケまくりました、しかしメゲずに乗りまくりました。
サカリのついた犬のように近所の坂という坂はすべてマーキングしてきました、
楽しかった、まだそんなものに乗って遊んでいるヤツなど皆無だったので、白い目で見られたし、
クラクションの攻撃や危ない場面も数知れず有りました、だけど楽しかった、何よりも楽しかった、
僕はこれに乗るために生まれたんだとさえ思ったかどうかですが、とにかく楽しかった。

(もうウィルはウレタン素材、グラスファイバーやウッド、アルミ素材のデッキもありました。)

・・・そんな時でも別れは突然やってくるんです。
なにせメンテなどしたこと無いし、ましてやツールなど持ってない。
ウィルは廻らなくなり、トラックなんてブッシュが割れグラグラで使い物にならない・・・
泣きました、困りました、「僕が悪かった〜もっと大事に使うんだった〜!」言ってももう後の祭り。
当時のウィルはベアリングが今の様にシールドではなく、
鉄球がバラバラと剥き出しになったルーズボールが主流でしたので、
キチンと注油と調節さえしていれば、軽快に廻るのですがそこは中坊とは言え子供、
ノーメンテで多少の雨が降ろうが砂埃が入ろうがお構いなし、当然チーーーンです。
酷いケースだと、ロックナットが緩んで中の鉄球をブチまける・・
でいきなりロックして人もろとも吹っ飛ぶ、ヤバイです。
ブッシュの素材だって今のようなウレタンでは無く硬〜いゴムなので、復元力など無いに等しく、
キングピンの締め込みさえ満足にしなかったから、グラッグラになってしまったようです。
当時のトラックは今の様にベースプレートからキングピンが生えているのでは無く、
ベースプレートにキングピンをネジ込み、根元をロックナットで固定するタイプでしたので、
キチンとナットを締めこまないとキングピンがグラグラになって、
終いには曲がったり酷い場合は折れると言うオチがありました。

しかし悩んでも悲しんでも仕方が無い、考えました、
無い頭で一生懸命に考えた結果、そうだ!新しいヤツを自分で買うのだ!と、
一応もう中学生でしたので計算は出来ました。
そして、お年玉という素晴らしい制度のおかげで多少の蓄えもありました。
時は1975年頃、その頃には雑誌やスポーツ店などにスケートボードが登場していましたので、
カタログのパーツ単価を合計してみました。
デッキ・トラック・ウィル諸々、再びの「エエ〜〜〜っ!」です、
高い、高すぎるぅぅぅぅ・・・これじゃダメじゃん。

(当時僕が計算した書込み・・幼いです。)

と、今回はここまで、
そしてこれが僕のスケートボード・ライデイングの原点です。
こんな文章に最後までお付合い頂き、感謝!!です。
そして残りの三回もお付合いヨロシクです。

僕のフェイスブックページ:https://www.facebook.com/norimitsu.orihara.1
SolidSkatesのフェイスブックページ:https://www.facebook.com/solidskates




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