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skate columnSKATE COLUMN 2016/11/2  

Kyoko Sugimoto Hicks
LA在住。プロスケーター杉本瑛生の母。
現在LAにてCAのパーク紹介ブログを随時更新中。またスケート留学生も受付中。
LAにスケートボードをしに来たい方、またお子さんのカナダ高校留学、ご自身のアメリカ留学等もご相談にのります。ぜひご連絡ください。
Blog:http://ameblo.jp/caskatepark/ 連絡先:gnewramp@yahoo.co.jp
1回目 2016/10/19 『LAから発信します』
2回目 2016/11/2 『日本からアメリカへの道のり』
3回目 2016/11/15 『アメリカでの大会そしてアメリカのスポンサーゲットまで』
4回目 2016/12/7 『I’m skate mom. It’s my life.』

『日本からアメリカへの道のり』

みなさん、こんにちは。今回もLAから発信します。
日本はハロウィンも終わって落ち着いてきたころでしょうか?
紅葉もそろそろ見頃ですかね?この季節はおいしい食べ物がたくさんありますね。
ああ、おいしいものを食べに日本に帰りたいです。

さて、前回からの続きになります。
瑛生とスケートボードの出会いは日本ではなくなんとここ、LAだったのです。
瑛生が保育園卒業後の春休みでした。6歳。
その当時、私はアメリカ子供服の店「Allison’s」を
埼玉県川口市そごうの駐車場の横にあるビルで営んでいました。
その関係で年に1度はオーナーである私も子供連れてLAに買い付けに 行っていました。
他の期間は、当時私が雇っていた子が買い付けに行っていましたから
私は年に1度だけアメリカに行けばよかったのです。
その買い付けの合間にオレンジカウンティにあるモールに映画を観に行ったのです。
映画まで少し時間があったので子供達とモールの中を歩いていたらスケートパークがありました。
Vansのスケートパークです。ここで初めてスケートボードを目にしました。
瑛生と同じ歳くらいのキッズが楽しそうにスケートしていたのを目にした瑛生は
「僕もやりたい」と言いだしました。
スケートの知識が何もない私は受付にいって
「息子がスケートやりたいっていってるんだけどスケートはレンタルできるの?」と聞いたら
「ヘルメットとプロテクターはレンタルできるけどスケートはレンタルできない」と言われ
今回はちょっとできないね。また次回にしようとあきらめさせ、映画だけ見て帰りました。
日本に帰り、スケートボードができる場所がないかと調べたら
新宿に東京スクールオブビジネス専門学校がもっているスケートパーク(EDIT)が
週に2度一般にも解放されるというのを知り、さっそく行ってみました。
行ってみたところ、アメリカとは違い子供は一人もいませんでした。
腰パンでベルトループに鍵をじゃらじゃらつけた、中には刺青をした人やらまあ、
私から言わせればちょっと怖いお兄さん達でいっぱいでした。
私はどうやって子供にスケートを教えていいかわからず見よう見まねで瑛生に教えていたら、
あるお兄さんが「俺たちが教えてやりますよ」って声をかけてきてくれました。
格好はチャラチャラした(ごめんなさいね。その当時はそう見ていたのかもしれません)彼らが
瑛生の手をもって汗をたくさんかいて一生懸命教えてくれました。
私はまあただの母ちゃんなのでその彼らの行動がとても新鮮に、
そして「若者もやるなー」と感心したのを覚えています。
そんな彼らに育てられた瑛生はみるみる上達していって、
そうなると靴の消耗が考えられないくらい短期間で傷みだしました。
先ほどもいいましたがスケートしているキッズが誰もいなかったのです。
=道具を調達することがとても難しかったのです。
デッキはともかく靴だけは代用がききません。
サイズの合わない靴を履いていたら足の裏の皮がベロベロむけてきちゃったし、
スケート用でない一般の靴を履かせたら3日間でだめになったり。
そんなときに、たまたま我が家の近所にあったソニックビストリデューションさんが
瑛生のために小さいサイズの靴をアメリカから仕入れてくれました。本当にありがたかったです。
その後もまだキッズスケーターがほとんどいない時代だったので
キッズスケーターが珍しかったのかリトルアンデルセンのヒステリックミニさんや
ハーレーインターナショナルさんからサポートしていただきました。
私はもっとキッズスケーターを増やしたい、
もしそうなったら子供サイズの靴やデッキも容易に手に入れることができるだろう。
大会だって大人の中にまじってやらない日がくるだろう、ということだけで
前述の各スポンサーさんの協力で日本人キッズだけのスケートビデオをプロデュースさせていただきました。
そのビデオを朝日新聞に掲載し、それを無料で全国に配布しました。
先日冬季オリンピックのスノーボードで銀メダル獲得した平野歩夢君も出演しています。
この元になったビデオはアメリカのキッズだけのビデオ「ペストコントロール」。
このビデオには今年、2016 US Openの女子の部で優勝したHanna Zanziや
We are BloodにでているChase Webbら、今大活躍しているスケーターが出演していました。
私がプロデュースしたビデオのパッケージデザインは
当時ハーレーのライダーのクリスマーコビッチにデザインしてもらいました。
今でもこのビデオを持っている方いらっしゃるかしら?(笑)
今となっては貴重なVHSです。
そしてキッズイベントもスポンサーさんの協力でたくさん開催されました。
ヒステリックミニさんから派生したFLAKEさんには全面協力していただき大変お世話になりました。
キッズスケーター100人集めて妙高高原のJWSCでスケートキャンプも開催しましたね。
近所の旅館を貸し切ったり、準備がとても大変でしたが楽しかった思い出です。
他にもFlakeさんの協力のもと、キッズイベントの活動を徐々にしていき、
日本にもスケートキッズが増えてきました。
そして肝心の本人瑛生はといいますと、
日本のAJSAの大会で優勝したりすることもできるようになり、
今度はアメリカの大会に挑戦したくなりました。
2006年、瑛生が小学5年生の時より私たちのアメリカでの挑戦がはじまりました。
毎年瑛生と私は年に3~4回、スケートボードの大会出場のためにアメリカを訪ずれていました。
今のように代理店の方が連れて行ってくれたりということはなかったので
親である私自らが連れて行きました。
今日のようにインターネットはありましたが、
今ほどサクサク動いているわけではなかったので情報収集がとにかく大変でした。
とりあえず飛行機乗って空港からレンタカーを借りて、
大会会場近くのモーテルを借りて、出られるかどうかわからない大会のエントリーをして。
まあ、大変でしたわ。

ちょっと長くなってきたのでこの大変話しは次回に!!
次回もお楽しみに。

skate columnKyoko Sugimoto Hicks
1回目 2016/10/19 『LAから発信します』
2回目 2016/11/2 『日本からアメリカへの道のり』
3回目 2016/11/15 『アメリカでの大会そしてアメリカのスポンサーゲットまで』
4回目 2016/12/7 『I’m skate mom. It’s my life.』

 
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