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 COLUMN

skate columnSNOW COLUMN 2012/10/17

 

渡邉雄太
カナダ、ウィスラーを拠点に活動中のプロスノーボーダー。
バックカントリーを主なフィールドとして、
HEARTFILMSのフィルミングを中心に活動中。
世界中にある手付かずの山で滑る事を目的とした、果てしない探検を繰り返している。
スポンサー:JONESS SNOWBOARDS, NORRONA, HESTRA, POC, ROJK,
DEELUXE,UNION, LADE, SPINY, DMK, SPINY, HEART FILMS
http://vimeo.com/44923210
1回目 2012/9/19 『アニマルスノーボーディング』
2回目 2012/10/3 『ヒューマン on the スノーボード』
3回目 2012/10/17 『Lost in fantasy』
4回目 2012/11/7 『十人十色』

『Lost in fantasy』

朝5時、何故かセットしたアラームが鳴る直前に目が覚めた。
そして、10秒ほど待つと当然のようにアラームが鳴った。
そのアラームを消して体を起こし、居間に向かうと
3年前に買ったホームベーカリーから焼きたてのパンの匂いが部屋中に漏れていた。
まだ辺りは暗いので部屋の電気をつける。
「おはよう」という爽快な気分にはさすがになれないが、この静かな朝のひと時が好きだったりもする。
電源が消えていないパソコンのマウスに触れると、
画面上に昨晩途中で書くことを諦めた記事の原稿ページが現れた。
煮詰まってしまった原稿を前にして朝から頭を悩ませるようなことはできればしたくなかった。
それにしても今朝はいつもより一段と静けさが漂っている気がする。
何も考えずに外のドアを開けると、つーんと、身も凍るような寒さを顔中に感じたが、
トラックのバンパーに積もった雪の量を見た途端、
頭の中で「カチッ」という音が聞こえて目の前が明るくなり、
体の動きが少しだけ軽くなったような感覚をおぼえた。
やかんに湯を沸かし、コーヒーを淹れる。
そして焼きたてのパンをかじりながら、ネットで天気予報とアバランチアドバイザリーを確認する。
天気はサニーブレイク、無風。
雪崩の情報はまだ時間が早すぎて確認できなかったが、
昨晩の降雪が15cmで、風も無風であったことが確認できた。
ここ一週間は割と寒い日が続いていてコンスタントに積雪があったから、
たとえ15cmの積雪でも存分に楽しめるパウダーがバックカントリーには残っていることが容易に想像できた。Facebookのチャットでフィルミング仲間と連絡をとりあい、集合時間を決める。
そして集合時間までは入念にストレッチ。
焦る気持ちを落ち着かせ、心と体をほぐす。
体がほぐれてくると、頭の意識も自然と撮影モードに切り替わる。

6時半、のんびりストレッチをしていると
いつものように集合時間ギリギリになってしまい、慌てて荷物をまとめてトラックに載せる。
タンブラーに入れ替えておいたコーヒーをスノーボードブーツに突き刺せば、
一回の往復で全ての荷物を運び込む事ができる。
今日もまた何かしらの忘れ物をするのだろうか?という雑念を振り払いトラックに乗り込む。
バンパーの上に載った雪は車のワイパーで簡単に払えるほど軽く、ドライだった。
集合場所のスタンドでモービルと車のガソリンを満タンにする。
いつもは嫌いなガソリンの匂いも、the dayの予感がする一日の朝は、自分を奮い立たせるカンフル剤だ。

モービルのトレールヘッドで仕度をし、最初のポイントへ向かう。
辺りはまだ薄暗いが、他のクルーも当然のように集まっていた。
暗いけど、これから始まる一日への期待に胸を躍らせた仲間たちが黙々と自分がすべき作業を行っている。
朝はお互いに言葉を交わすことは殆どないが、
同じ気持ちで、同じ目的を持って行動している仲間であれば、
特に意思の疎通をすることがなくても自然に同じ時間を共有することができるものなのだ。
そんなことを考えながら、ひたすらに指先の痛みに耐えながらモービルを走らせる。

ポイントに付く頃、ようやく太陽が対面の山の隙間から顔を出してきた。
その光が無表情なグレーの世界に生を吹き込むと、
目的の斜面の急な縦ジワのラインにきれいなヒダヒダの凹凸が浮き彫りになる。
指先の感覚は未だに感じ取れないが、
体の表面にしっかり太陽のぬくもりを感じながら、滑る斜面の裏側をハイクする。
焦る気持ちを抑えながら一歩一歩登っていくと、
ピークには既に一人のスキーヤーが一番いいラインを抑えていた。
今、世の中で一番嫌いな人間はこのスキーヤーかもしれないと思いながらも
「山は逃げない、また次のチャンスを狙えばいい。」
そう自分に言い聞かせて、そのスキーヤーに話しかけてみた。
俺の気持ちを察したのか「悪いねー」っていう顔を常に俺に向けている。
まだ10代のあどけなさが残る顔つきをした青年だったが、
その青年が立っている場所は斜度50度の断崖絶壁の上。
自らのコールでドロップしようとするが、なかなか踏ん切りがつかないでいる。
「3,2,1,Drop!… Oh F☆ck! I can’t!!」
まるでバンジージャンプに初めて挑戦する女の子を見ているような光景だった。
後ろから何かを言ってあげたい気持ちになるが、グッとこらえて彼の答を待った。
数回同じ事を繰り返し、彼はついに意を決した。
「3,2,1, Drop!!」
次の瞬間、彼は大きなノールの先から姿を消し、ヒダヒダの中へ吸い込まれていった。
3秒後、ボトムから歓喜の声が上がり、彼が自分に打ち勝ったことを確認した。
次は自分の番、ノールから少しだけ顔をだし、下の斜面へと続くラインを確認する。
恐怖を抑え込むように、少しきつめにラチェットを締め、
何度もポケットのチャックがしまっているかを確認する。
2,3度深呼吸を繰り返して、心を落ち着かせ、頭の中を空っぽにした後、
トランシーバーでフィルマーとコンタクトをとり、全ての準備が整えた。
周りの環境も、気持ちの面でも良い状態は長く続かない。
できるだけ早くドロップしたい気持ちだが、焦る気持ちを抑えてもう一度深呼吸をした。
「10秒後行きます。」
「3,2,1、ドロップ!」
ノールから板を落とし込むと、踏み込んだ板の足元からサラサラと雪が流れ出す。
ヒダヒダの間を流れる雪は一斉に加速して、自分の体に襲いかかろうとする。
その流れに負けないようにターンを2,3度切ると目の前に狙っていたクリフの大きなノールが見えてきた。
その先は空。
躊躇うことなく、思い切って踏み切ると、
一瞬全ての時間が制止したような錯覚にとらわれ、目の前の視界が真っ白になった。



気が付くと、僕は実家の居間でパソコンを前にして寝ていた。
天井に向けて大きく開けた口からガーガーと鼾をかいて寝ていたものだから首が痛い。
ゆっくりと重たい頭を持ち上げて元の状態に戻し、
ボケッとした頭のまま、目の前のパソコンのマウスに触れると、
暗号のような文字の羅列が並んだ書きかけの原稿が画面の前に現れた。
自分がしたいことや、伝えたいことが箇条書きで並んでいて、それが見事にこんがらがっている文章だ。
いつも通り、結局何が言いたいのかわからない。

書きかけの全ての文章を削除して、まだ心地よい感覚が残っている夢物語を書くことにした・・・。


snow column渡邉雄太
1回目 2012/9/19 『アニマルスノーボーディング』
2回目 2012/10/3 『ヒューマン on the スノーボード』
3回目 2012/10/17 『Lost in fantasy』
4回目 2012/11/7 『十人十色』
 
 
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