interstyle magazine
 COLUMN
surf columnSURF COLUMN 2014/11/19  

鷹取義人(タカトリヨシト)
出版社経営 1960年東京生まれ
Hawaii、San Diegoに住み 現在吉祥寺在住
旅が大好きな人間
1回目 2014/10/15 『Day Tripper』
2回目 201411/5 『Gear for Surf Camp』
3回目 2014/11/19 『Single Fin』
4回目 2014/12/4 『Meido no Miyage』

『Single Fin』

かのTom Currenが、台頭してきた若いKellyに対し「彼にはキャリアスタートからAlの作る、既に完成されたスラスターがある」とコンペティターとしての自分の歩んだ道より恵まれている事を話したが、その言葉は現在のショートボードサーフィンを言い表している。今はネットでF-1マシンの様な均一で高品質なサーフボードを誰でも容易に手に入れる事が出来る。だがそれにより画一的で面白味の無いものにしてしまっているのが残念なところでもあるかな。シングルフィン →ツインフィン →トライフィンというサーフボードの大きな進化は、振り返るとそのまんま私自身のサーフィンライフがバラエティに富んだものであったと考えられる。ロン毛、テクノカット、坊主…変化する髪型同様surferのファッション等も大きく変遷していった。

海への旅が始まったのはシングルフィンの1970年代中頃、地元のスケートボードティームに入り、5歳程上の先輩方が小僧である私を連れて行ってくれたのが発端。そう、シングルを充分にリアルタイムで経験出来た事が、今思うととても幸運だったと思う。小さなターンを苦手とするシングルはゴマカシがきかないレール・トゥ・レールサーフィンを要求する。当時先輩方からよく言われた言葉は「とにかく真っすぐボトムに降りろ!」である。実際にはブレイクの早い時等横へ走らなければならぬ事も有れど、シングルでスピードを得る為の基本であり難しかったけれど今の自分のサーフィンの根幹となった。私の人生初のボードはGODDESSで手に入れた鈴木正氏シェイプのもの。今考えると接客してくれたのは西宮さんではなかったかな。その後はBill Barnfield氏のシングル...ツイン&トライ、Pat Rawson氏のトライフィンのガン...面々と続くサーフボードの使用経験もここがスタートだったんだな。荒井由美さんの曲にも出てきたGODDESSってのが時代を感じさせる。中古を先輩から借りてさんざん練習した後の新品のマイボードは、画像の当時高校生にとって決して安いものではなくまさに宝物だった。

サーフィンとして最初に水に浸かったのは辻堂からで、その他チサン、白樺、西浜、柳島、七里や稲村等にもよく入った。馬入もパワーが有り好きなポイントだったな。第三京浜で立ち食い蕎麦を食べ&横浜新道を抜け国道134号線、堂々とした富士山と辻堂の海が見える場所でクルマを停めたものだ。今は直接クルマから見る事が出来ないが、当時何処に入るか決めるのはいつもお決まりのその場所だった。極端に波の小さい時は吉浜までのロングドライブも。またここに向かう途中、帰りのsurferからハンドサインで善し悪しを教えて貰ったのも懐かしい、サーフィン人口少ない当時の温かいやりとりのひとつだった。

辻堂は素晴らしくカッコいいsurferの場所だった。デパートJSPサーフ&サンズ、ブランドBOLT、コアなPipeline等、沢山のサーフショップが在った。特に思い出すのはJSPで、店に入ると途端に感じたボードの樹脂、SEX WAX、香水MUSKの入り混じった臭いがなんとも言えず、外国への入り口の様でこれぞまさしくサーフショップだった。そして気を付けなければならなかったのが入り口で脱ぐサンダル、新しいモノを履いて行くと帰りには決まってイイ感じにヨレたヤツに変身していたっけ。今は考えられないけどサーフキャリアも同様に気を付けなきゃならなかった位、盗難が多かった。また、このお店の電話による波情報サービスにもお世話になったんだよな。あの頃原チャリ、ロードパルやパッソルはノーヘルで走行可だったので、サーフボードを小脇に抱えた金色のロン毛、絞りのカリフォルニアTシャツに丈の超短いショートパンツ&ペッタペタのビーサンで颯爽と走り抜けて行く、そんな我々の目からはとても羨ましい姿がこの界隈での日常でもあった。

現在は他のスポーツ同様、健全なモノへと変質したサーフィンだが、海への移動に無くてはならないクルマを持っていたのはあの当時ヤンチャな、不良な?先輩方の存在があった事は忘れてはならない。またそれは当然ながら日本全国同じ事が言え、各エリアのローカルの秩序というものはそうした側面を持った人達によって保たれているのは紛れもない事実である。輝かしい成績を残すプロ、現在は業界きっての実業家でもそうした出身が多い事はみなさんご存知だろう。このへんがずっと変わらぬサーフィンの特殊性でもあるのかな。
シングル時代のプロと言えばチューブマスター青田琢二さん、リラックススタイル抱井保徳さん、そして断然スピードが違った渡辺文好さん…素人とプロの実力差はかなりあり、皆さんは当時の私にとって天上人だった。シングルはトライの現在よりも難しく、surferそれぞれ異なるスタイルが表現され、見る者を魅了し憧れを抱いたものだった。
こうして海の無い武蔵野少年のsurferとしての旅は始まり、伊豆、千葉、茨城、徳島、宮崎、伊良湖、和歌山、福島他…へと向かっていった。サーフィンを通して様々な経験が待っている。54歳だけど当時の思いは変わらず、ワクワクした自分がいるのは素直に嬉しいと最近思う。サーフィンはやっぱりいいなぁ。

皆さんよい週末を
Have a nice trip!

surf column鷹取義人(タカトリヨシト)
1回目 2014/10/15 『Day Tripper』
2回目 201411/5 『Gear for Surf Camp』
3回目 2014/11/19 『Single Fin』
4回目 2014/12/4 『Meido no Miyage』
 
 
Copy right © INTERSTYLE Co.,Ltd All Rights Reserved.