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 COLUMN
skate columnSKATE COLUMN 2008/2/18  
Ura3(ウラサン)
ローカル:東京都世田谷区 スケート歴:20年
スタンス:レギュラー シューズ:Vans 9.5
デッキ:Stereo 7.875 トラック:Independent 129
ウィール:DarkStar DD 52 ベアリング:Tatsumi-ya
1回目 2008/1/9 『レールな因縁』
2回目 2008/1/23 『滑るという事』
3回目 2008/2/6 『脚でやるという事』
4回目 2008/2/13 『今でも恐いです』
5回目 2008/2/18 『因縁のレール』

『因縁のレール』


ども、スケーターのUra3という者です。
5回目のコラムになります。
スケートビデオの製作やアパレルブランドの話を書こうと思っていたんですが、書き始めたら自身の昔話から始まって前回は「初心者オーリーにおける精神論」のようなコラムになってしまいました(笑)。
さて、今回はまず1回目に書いたローラースケートでレールを攻めて顔着したスポットの話から。
ここはスケートボードをはじめてからもずっと身近にあったスポットでした。
ローラースケート、スケートボード、共に同じ公園でやってましたからね。
ん、ということはその公園に30年ぐらい通っている事になるんだな…。
スケートボードで公園に通いだした当時はジャンプランプの全盛期。若い人にはなにそれ?だろう。
Rのついたローンチと言えばいいかな?低いクォーターと言えば良いのかな。
どちらにしてもクソプッシュから思いっきり飛び出して地面に着地するという、今思えばとってもヒザに悪いトリックだ。
まだデッキのノーズが5cmも無い頃なのでオーリーがそれほど高く飛べないの仕様だった時代。
ジャンプランプはいわゆる先持ち、飛ぶ前からデッキをグラブして飛ぶのである。
これだけを一日中やっていたものだ。
今思えばスケートボードなのか?と思えてくる。
(実はこれがRを使うトリックにはかなり役立っている)
そんな時代ではあったものの、ナタス・カウパスやマイク・ヴァレリーの出現によって次第にジャンプランプを使わないフラットでのオーリーが重要視されてきた。
重ねたデッキを何枚飛べるか!?なんていうのが激アツだった。
「●●プロは8枚飛んだって!」みたいなウワサは全国を駆け回ったのではないかな。
それからしばらくすると今まで低い縁石(カーブ)でやっていたロックンロール・スライド(今で言うボードスライド)やグラインダー(今で言う50-50)を割と高めのレールでやり始めた。
この頃にはアメリカでハンドレールが大流行したようで、当時パウエルのフランキー・ヒルがまさに4回目のコラムに書いた「恐怖心」がないのか!と思わせるフッテージを残している。
それに影響され、徐々にレールというセクションに取り憑かれていった私は低いレールから徐々に恐怖心に打ち勝っていき(4回目の(1)のタイプですが)ついにあのトラウマだったレールに入るのであった。
そのころにはすでにオーリーも安定し、重ねたデッキで言う6枚~7枚ぐらい飛べるようになっていた。
当時のローカルはそのレールでロックンロールが最高のトリックだったので、それに勝つにはグラインダーしか選択肢がなかった。
まずはロックからやって何日か後にメイク。
ローラースケート時代のトラウマを帳消しにした思いで最高に嬉しかったが、私の本当の狙いはグラインダーであった。ロックをメイクしたその日にグラインダーにトライ。
友達は「えーっ!」って言ってた。
それもそのはず、上に乗っかるどころかオーリーしてすぐに片足をすぐ地面に着いてしまうかんじだ。
全然出来そうになかった。
それから何日もかけて徐々にトライ回数を増やし、よし!今日こそは乗っかるぞと決心したのである。
しかしどうしてもローラースケートの記憶は消えないもんで、何度も何度も繰り返し足を着いてしまう。
経験上こうなったら出来ないんだが、この日はどうしてもやりたかった。
そしてついに乗っかってみた!
「お、お、おーっ」
スタンスもズレて危なっかしさ全開で少し進んですぐに飛び降りた。
「こ、こえーーーっ」
これが最初のレールでのグラインダーの感想。
こんな不安定なんだなと思った。
緊張感たっぷりに次、また次と繰り返す。
だんだん慣れてきた頃にとうとう来た。
メイクではなくケツからモモをレールに強打。
「ってえ!」
だがその日はやたらとアドレナリンが出ていたのだろう。
少し休んでから再びトライ。
もう絶対今日!と思っていたので気合いだけだった。
なんとかその日にメイクして大喜びしたが、しばらくはその不安定な間隔が頭に残って、夢に見て飛び起きたもんだ。
私はこんな事をかれこれ20年続けている。
スケートボードの何が楽しいのか?と聞かれたら。
トリックをメイクした時の喜び、スピード感、グラインドの感覚、飛んだ時の浮遊感、あり過ぎて困る。
随分前にラジオ番組に出演した時に「あなたにとってスケートボードはなんですか?」と質問され私は咄嗟に「おもちゃです」と答えた。
「おもちゃ?ですか」と困惑させてしまったようだったが、私にとってはローラースケートもスキーもビデオゲームもサッカーボールもいづれ飽きていた。
しかし20年間もずっと続けられるこんな楽しいおもちゃは他にないですよという気持ちだ。
上に乗って進めばあとは自由。
いつでもどこでも勝手にやれ。
そんなかんじですかね。
今回で最後となりましたこのコラム。
次回は私からのバトンが生谷さんに渡ります。
ではそろそろ失礼します。

このコラムの一回目で出てきた因縁のレールだ。
この頃にはなんてことないただのレールだが、ちっちゃいガキにとってはとても危険な遊び場だと言う事を思い知らされた。よく見るとレールからオーリーしないと着地で路面の継ぎ目に引っ掛かるようだ。
当時創刊したWARPマガジンに掲載されたもので、この写真はそのBポジだと思う。



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1回目 2008/1/9 『レールな因縁』
2回目 2008/1/23 『滑るという事』
3回目 2008/2/6 『脚でやるという事』
4回目 2008/2/13 『今でも恐いです』
5回目 2008/2/18 『因縁のレール』
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