interstyle magazine
 COLUMN
skate columnSKATE COLUMN 2012/1/18  
梶谷雅文(カジタニ マサフミ)
36歳、兵庫県出身/東京都在住。
Strush、Shelter Skateshop、Sb Skateboard Journal、Slider、VHSMAG。
主にスケート誌等での翻訳、取材、執筆が生業。
http://www.vhsmag.com/
1回目 2011/12/7 『まずは自己紹介』
2回目 2011/12/21 『Sb Skateboard Journal』
3回目 2012/1/18 『SLIDER』
4回目 2012/2/1 『VHSMAG』

『SLIDER』

スケートボードに携わる仕事ができているということは、本当に幸運なことだと思う。
スケートボードという実際の行為ではないが、
その裏方のメディアという形で今もなおスケートボードに携わり、
日本のスケートコミュニティの一員として活動することができている。
これ以上の喜びはない。
僕が手伝わせていただいている紙媒体——
前回ご紹介させていただいたSb Skateboard Journal以外に、Sliderという雑誌がある。
このSliderでは、年4回出版される季刊誌ということで
3ヶ月毎、海外に飛び現地取材をさせていただいている。
これは僕にとって至極の仕事である。
なんせ憧れたヒーローに直接会うことができ、
これまでに培ったスケートの知識や語学力を活かすことができるのだから。
創刊から様々な特集を担当させていただいた。
創刊号ではPowell Peraltaの名作『The Search for Animal Chin』に焦点を当て、
ボーンズブリゲードのメインの5名の取材。
2号目ではNYに飛び、NYスケートシーンをフィーチャー。
3号目ではクリスチャン・ホソイとスケートアーティスト。
4号目は’90年代に黄金期を迎え、スケートの進化に貢献したスケートスポットのEMB。
続く5号目はSFのDeluxeとストリートウェアとして現在も大きな役割を担うStussy。
6号目では僕自身、多大な影響を受けたGirlとスケートシューズの歴史に大きな足跡を残したDC。
7号目ではスリーストライプスが輝くadidas Skateboarding、
8号目はシューズ特集続きでVans。
そして現在発売中の9号目はスケートフォトグラフィ特集。
これまでに100名近く、もしくはそれ以上のスケーターやアーティストの取材を行うことができた。
それでもまだまだ会いたいスケートコミュニティの偉人は尽きることがない。
ここでこれまでに一番印象に残った取材の話をシェアしたい。
マーク・ゴンザレス、マイク・キャロル、ジェイソン・ディル、デニス・ブセニッツ・・・
僕が敬愛する数々のスケーターに会ってきたが、その中でも奇跡的な偶然を感じた取材があった。
それは創刊号でトニー・ホークを取材したときのこと。
’85年にスケートを始めた当時、
クリスチャン・ホソイとトニー・ホークが僕にとってのスーパーヒーローだった。
このふたりはスタイル対テクニックという、ある意味対局な存在だったが、
スケートを始めたばかりの子供にとってそんなことは関係ない。
今では考えられないことかもしれないが、当時、僕はトニー・ホークにファンレターを書いた。
当時のアメリカのキッズスケーターにとって、ファンレターを書くのは普通のことだったのだ。
そしてなんとトニー・ホークから返事が届いた。
当時の僕は飛び上がるほど喜び、この手紙は今でも大切に保存してある。
Sliderを通して実際にトニー・ホークに会うことができることになり、
僕はその手紙を彼に見せようと持参した。
しかしカリフォルニアの彼のオフィスでの取材を終えてその手紙を彼に見せると、残念な言葉が帰ってきた。
「これは僕が書いたんじゃない」
マジで?
僕に返事を書いたのは、トニーの幼なじみのショーン・モーティマーという人だったらしい。
当時、ファンレターがひっきりなしに届くトニーは、ショーンに代筆を頼んでいたというのだ。
これで終わればただの残念な話でしかないが、ここからが奇跡的。
実はそのショーンとは、僕が翻訳を手がけたロドニー・ミューレンの自伝『The Mutt』の著者だったのだ。
さらに言うと、トニーの取材日の夜にショーンと初めて会い、夕食の約束をしていたのだ。
つまり、子供の頃にファンレターを出し、
ありがたくも戻ってきた返事は本人ではなく、
僕がその20数年後に翻訳することになる本の著者が書いていた。
こんな時を超えた奇跡が起きるなんて・・・
やはりずっとスケートに携わり続けていると、このようなサプライズが起きるみたいだ。
ちなみにショーンとは今でも連絡を取り合い、仲良くさせてもらっている。
とにかく、こんな素晴らしい経験をさせていただいているのがSliderという雑誌。
僕の身の上話が今回のコラムのメインになってしまい恐縮だが、
Sliderはアメリカのスケートコミュニティの生の声が聞ける数少ない雑誌だと思う。
書店で見かけることがあれば、是非お手に取っていただきたい。
とは言っても、やはり僕も日本人。
日本のスケートコミュニティが一番大切よね。
本コラムの最後となる次回は、
僕が編集長を努めさせていただいているウェブマガジン、VHSMAGについて書かせていただきます。
では。次回まで。

skate column梶谷雅文(カジタニ マサフミ)
1回目 2011/12/7 『まずは自己紹介』
2回目 2011/12/21 『Sb Skateboard Journal』
3回目 2012/1/18 『SLIDER』
4回目 2012/2/1 『VHSMAG』
 
 
Copy right © INTERSTYLE Co.,Ltd All Rights Reserved.