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 COLUMN

skate columnSNOW COLUMN 2011/6/1

 

ICHIGO (田中総一郎)
12年間BURTONのライダーとして活躍。
2003年にバックブランド「SAGLiFE」 を立ち上げる。
スノーボードの枠を越え、ウィスラーから、ニューヨークなど、
山と街のをつなげる活動に力を注ぐ。
スノーシーンでは、サーフライドパークを立ち上げる。今後は、アジアへの進出を考えてる。
1回目 2011/4/6 『今、できる事。小さな事からこつこつと!!』
2回目 2011/4/20 『がんばろう東北!』
3回目 2011/5/18 『「サーフライド」というカルチャー』
4回目 2011/6/1 『サーフライドへのこだわりと実現』

『サーフライドへのこだわりと実現』

ふと数シーズン前のスノースタイルを部屋で眺めていて、
サーフライドパークを企画し始めた時のことを思い出した。
雑誌の写真に手をあてながら、
最初の頃のサーフライドパークの形をペラペラとページを捲り、
何度も眺めてしまった。
当時、カナダのウィスラーへ長い間行っていたことから
日本と、北米のスノーカルチャーの温度差を感じ、
日本によくある一定のコアな人たちが遊べるスノーパークではなく、
一般のスノーボーダーやスキーヤーが手軽に楽しめるスノーパークの
スタイルが必要だと考えていた。
そしてそれが実現すれば、間違いなくムーブメントを起こし、
日本のトレンドになると確信していた。

そして、いろいろな人と話をし、当時のスノースタイル編集長の磯さんに
BoardSmart(スノースタイルパークの企画運営会社)を紹介してもらい、
契約することができた。

そうすることで、雑誌snowstyleともしっかり組む事ができ、
監修(自分)、企画・造成・運営(BS)、広報(SS)というかなりきちんとした役割を
持って思い描いていたよりも大々的にサーフライドパーク第1号の実施が
川場スキー場で実現に動き出した。

嬉しかった反面、本当にできるのか?
理想のパークを作る事ができるのか?

という不安とプレッシャーがかなりあったのも事実。
自分の頭の中にあったイメージは、こんな感じでした。

当時、BoardSmartのプロデューサーとして川場のスノースタイルパークを作っていた
佐久間洋君と共にパークを作り始めた。
実際のゲレンデに降り立ってみると天候にかなりの影響を受け、雪質の問題で、
なかなか思った通りの形を作る事ができなかった。

川場の気候がかなり乾燥していることもあり、
雪を盛ってもすぐに形が崩れてしまい、特に手こずったことは忘れられない。

それでも、圧雪スタッフ、パークディガーが一緒に新しいパーク作りに情熱を見せてくれ、
半分以上は手作業で、先の見えない造成作業を必死で続けた。

その結果、汗だくになりながら、なんとか完成させるまでこぎつけた。
本当に今までにない、理想の形に近いものが出来上がったので、
疲れを感じながらも満足して自然と笑顔になったことを思い出す。

少しサイズは小振りだったけどね。。。(笑)

そして、いよいよ撮影当日。
ライダーは河野信吾と、大信雄一が撮影に参加。

天候は川場名物“川場の風”が吹き荒れる川場日和。これも宿命か!

と感じずには居られない嵐の中での撮影。
突風で轟音(ごうおん)が耳を劈き(つんざき)、顔に雪が突き刺さる。
視界は、1m手前でホワイトアウトし、サーフライドパークが
どこにあるのかさえわからない程の五感をもがれた状況での撮影。
但し、この状況がスノーボーダーとしてのセンスを研ぎ澄まさせ、
サーフライドの本質を芽生えさせた。雲の切れ間から時折洩れる光を頼りに、
足の裏で地形を感じ、自分にとって最高のラインを自然と体がなぞっていく。

どんな状況でもスノーボードを楽しむことを体が覚えている。それは自然と向き合い、

よりナチュラルなラインをなぞり、自然と地形にあった技を繰り出していける。
これぞ、サーフライディング!!!!


極寒の中、撮影が無事終了!
信吾くんも、大信もサーフィンをするので
かなりよいライン取りで、スラッシュも完璧に決めてくれた。
スノーパークでも、サーフィンのスタイルで入れるパークができるんだ。
と確信した瞬間でもあった。凄く嬉しかった。
初めは、どうやって滑るの?
面白いの? 
普通のジャンプ台があった方がいいんじゃない?

などいろいろな意見があったが、
僕は、「絶対にこのパークが必要だ。」と感じ理想を曲げずにパークを作った。

当時の、プロスノーボーダーのパークデザインは、

自分たち自身の視点でトップライダーから、

トップアマが練習するためにデザインされたパークが多かった。
このサーフライドのコンセプトは、
自分のためではなく、サンデーボーダーや、
スノーボードを楽しむ人たちの遊び場としてのコンセプトで作っていた。
「誰が滑るためのパークか?」

という視点が大きく他のパークとはコンセプトが違っていたと確信している。
ようやく、日本でこの流れが定着しはじめ、本当に感慨深い。

と同時に、このカルチャー支えてくれた人たちにこの場をかりて
お礼を言いたい。

BoardSmart 小泉さん、中澤さん。
snowstyle編集部の皆さん、
川場スキー場櫛渕さんはじめスタッフの皆さん、
関わってくれたすべてのプロノーボーダー、
ヒントをくれた、プロサーファーの真木勇人、佐藤千尋、脇ユウジ、中村竜諸君、
このサーフライドパークを滑ってくれたお客さん。
そして、サーフライドパークを日々作って維持してくれた、
津島直紀君はじめ、スノースタイルパークディガーのみんな。

本当にありがとう!!

感謝の気持ちでいっぱいです。
ここに書ききれないくらい、
たくさんの方々の力をお借りしてここまできたのだなぁ、と改めて考えさせられた。

1つのカルチャー、流れを作るという事は、たくさんの人の理解、助けがあり、
時間をかけて根付いていくもの。

大事なことはブレないことだと身をもって感じた。

まだまだ道半ばだが、これからもたくさんの人がサーフライドを通じて、
より楽しいスノーライフを送ってくれると嬉しい限りだ。


次のサーフライドを考えないといけないね。

次回コラムは、スノースタイルパークプロデューサーの津島直紀君にバトンタッチするよ。
今まで読んでくれたみなさん! 

サーフライドパークで会いましょう。
Ichigo

snow columnICHIGO (田中総一郎)
1回目 2011/4/6 『今、できる事。小さな事からこつこつと!!』
2回目 2011/4/20 『がんばろう東北!』
3回目 2012/5/18 『「サーフライド」というカルチャー』
4回目 2011/6/1 『サーフライドへのこだわりと実現』
 

 
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