interstyle magazine
 COLUMN
surf columnSURF COLUMN 2013/9/18  
高橋 淳
1977.3.3生まれ。高校生の頃、ファッションに傾倒。
雑誌、ASAYAN, POPEYE等でモデルを務める。
18歳よりサーフィンを始め一気に方向転換、外房太東をベースにソウルサーファーの道を歩む。サーフショップスタッフ(KENNY SURF SIDE)、波情報のスタッフ(なみある?)としてサーフィンの現場に携わる。
その後、アート、デザイン、横乗り文化を軸にした、“culture shop 11:11”を主宰。
現在、月刊サーフィンライフ(マリン企画)にてエディターとして働く。
1回目 2013/8/21 『HEY HO LET'S GO!!』
2回目 2013/8/28 『ALTERNATIVE』
3回目 2013/9/2 『BEATNIK』
4回目 2013/9/18 『HIP』

『HIP』

皆さん、お元気ですか?
高橋 淳です。
ハマってきましたこのコラム、しかし残念ながら僕の担当は今回で終わり。
物好きな方々、どうぞ最後までお付き合い下さい。
最終回のお題は『HIP』。
『HIP』という言葉、早速調べてみますと、
穴、どんけつ、臀部、尻、御尻、 御居所、臀、ヒップ
(独立行政法人 情報通信研究機構 EDR日英対訳辞書より)
僕が知りたかった『HIP』とは、ちょっと違ったのでさらに調べてみますと、
HIP(ヒップ)または HEP(ヘップ)は、英語の俗語のひとつ。
形容詞的に、「今の流行」
またはある特定のトレンドや事柄に精通している人、熱中している人を指して使う“HIP”は
“COOL” と同様に、ある特定の感性を指すものではなく、何が“HIP”であるかは時代と共に変化する。
(ウィキペディア フリー百科事典より)
とらえどころのないこの言葉、なんだかとても気になります。
こうして説明文を書かれたとたんに、もう本来の意味はするりといなくなり、ただの抜け殻。
一体、何なのでしょうか?
『HIP』が育った土壌はアメリカ。
その語源は、ウォロフ語の“HEPI(見る)”ないし“HIPI(目を開く)”という言葉らしく、
洗練が始まったのは1700年代、
西アフリカからアメリカ大陸に連れてこられた奴隷たちによってでした。
主である白人に自分たちの会話の真意が分からないように造語し、
ダブルミーニングを持たせた言葉を操り、仲間同士でほくそ笑みながら、上手くやり過ごす。
『HIP』の起源は、人間らしく生き抜くための“知恵”でした。
ヘビーなイメージのこの時代のアメリカには、実は別の側面もありました。
アフリカ人たちにとって異境であったように、
白人たちにとってもアメリカは、まだまだ未知の土地だったのです。
そうした中で、主従関係が基本にありながらも、
白人たちもアフリカの人たちの持つ才能に興味を示して対話をし、
“文化的に”生きるために、時に尊敬の気持ちを持ちながら、そのスタイルをまねて交流をしていったのです。
そしてアフリカ人たちはさらなる新しい形を生み出す。
相半する両者を結びつける、抗争と好奇心のダンスの歴史が『HIP』なのです。



ブルース、散文詩、ジャズ、ビバップ、ビートニク、ドラッグ、ロックンロール、
ヒップ・ホップ、グラフィティー、DJ、レイブ、スケートボード、スノーボード...
これらのあらゆる反社会的な衝動に魂を宿す、
そしてそれゆえに社会と結びつけるという矛盾をはらんだ、
不完全でいる許しを持ち、正解を持たない『HIP』。
僕なりのイメージなのですが、
なぜだか最近の、特に日本のサーフィンには、
本来持っていたはずの『HIP』な感じが足りなく思えてなりません。
ただのスポーツ、都会での生活に疲れたときの息抜き、
単なるレジャー、もしくはファッションに成り下がってしまったのでしょうか?





サーフィンは、古代ポリネシア人のライフスタイルの一部でした。
海の民といわれる彼らは大洋を航海する高度な技術を持っていました。
大海原へ旅立ち、カヌーで漁から帰るときにその押し寄せてくる波に乗りました。
きっと波に乗るのが上手な漁師はみんなに尊敬されたことでしょう。
そんな"波乗り"が、いつのまにかあまりの楽しさのために娯楽として一人歩きを始めて、
カヌーは次第に小さくなり、オロとかアライアと呼ばれる木製のサーフボードが誕生しました。
ひとたび波が上がると王様も庶民も男も女も関係なく、海に出てサーフィンを楽しんだといいます。
そして海から楽しみを享受し、感謝の念を伝統文化として高め、重んじていました。
しかし、イギリス人の探検家ジェームス・クック船長がハワイに訪れ、
ポリネシアの島々にヨーロッパの文化や宗教の波が押し寄せました。
宣教師たちは裸の男女が自然と戯れながら、
精神世界にまで昇華してしまうサーフィンを、布教の妨げになるとして禁止し、
サーフボードを取り上げて燃やしてしまったのです。
こうして古代サーフィンは終焉を向かえてしまいました。
50年以上に渡り闇に葬られたサーフィンなのですが、
ある日、最後のハワイ王でハワイ文化の復興に努めたリリウオカラニ女王が掟を破って、
海に入り、禁止されていたサーフィンをしました!
観ていた人達は皆やりたがり、
ハワイアンがサーフィンを教えるという経済活動に繋がってしまったことから、
これは商売になるぞという白人たちの思惑、
どんな形であれ、自分たちの文化を復興できた歓びに沸くハワイアンの気持ちとの、
不協和音な響きをもった利の合致によって、サーフィンが復活しました。
リリウオカラニ女王、『HIP』です!
そしてその後、デューク・カハナモクによって世界中にサーフィンの種は蒔かれました。
これらの歴史に興味が湧いた人は、ジャック・マッコイ監督の『a deeper shade of blue』という
サーフィン映画を観てみると良いでしょう。





興味の無い人には、なんのこっちゃというこれらのストーリー。
しかし、サーファーならば知っておくべきだと思います。
なんともラッドな、自分たちのご先祖様のお話しなのですから。
トム・ブレイク、ボブ・シモンズ、デイル・ベルジー、フィル・エドワーズ、リロイ・グラニス、
ジョン・セバーソン、ロン・ストナー、ミッキー・ムニョス、フリッピー・ホフマン、
マイク・ヒンソン、ミッキー・ドラ、グレッグ・ノール、ブッチ・ヴァンアーツ・ダレン、
ジョージ・ダウニング、エディー・アイカウ、ドナルド・タカヤマ、ジャック・サザーランド、
ジェリー・ロペス、ハービー・フレッチャー、ナット・ヤング、ボブ・マクタビッシュ、
ジョージ・グリノー、ウェイン・リンチ、マイケル・ピーターソン、オッキー、トム・カレン、
クリスチャン・フレッチャー、オジー・ライト、ジョエル・チューダー、C・J・ネルソン、
アンディー・アイアン、デーン・レイノルズ、ディオン・アジアス、クレイグ・アンダーソン...
あなたは、この綿綿と連なる名前の中に流れる“何か”を感じられるでしょうか?
彼らは、今この世にいようがいまいが、常にサーファーの心に宿ります。
サーフィンが示す路を、目を開いて見続けている『HIP』なサーファーたち。
最高に格好いいなと、僕は思います。



短い期間でしたが、お付き合い頂き、ありがとうございました。
どこかの海で見かけたら、ぜひ声をかけて下さい。
もしも一緒にサーフィンできたら、良いですね。
では。


参考文献 
ジョン・リーランド著 ヒップ – アメリカにおけるかっこよさの系譜学 P-Vine BOOKs 2010

Lou Reed - A Walk On The Wild Side


surf column高橋淳
1回目 2013/8/21 『HEY HO LET'S GO!!』
2回目 2013/8/28 『ALTERNATIVE』
3回目 2013/9/2 『BEATNIK』
4回目 2013/9/18 『HIP』
 
 
Copy right © INTERSTYLE Co.,Ltd All Rights Reserved.