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snow columnSNOW COLUMN 2015/5/20

 

加治秀之
S50,11,7 39才 埼玉県出身・在住。
シーズンオフは家業、シーズン中は水上に家を借り谷川岳を滑り込む。という生活から離れ、
今は年間を通して父の経営する“加治建設工業”で働く。
現場と自宅を行き来する毎日だが時折2時間離れた現場に通ってることは、一応内緒。
出演作品『雪崩の山 谷川岳』。
スポンサー:Twelve snowboards, HEIN, EVOLG, SPY, Zimbabwe
1回目 2015/4/15 『山と自分と仕事』
2回目 2015/5/20 『SNOWBOARD LIFE』
3回目 2015/6/3 『仲間』
4回目 2015/6/17 『谷川岳』

『SNOWBOARD LIFE』

こんにちは、加治秀之です。
コラム2回目です。よろしくお願いします。

今シーズンは谷川岳天神平スキー場で、毎年春に行われている
『MINAKAMI VIBES』
というイベントに参加して、14-15シーズンを終了しました。
このイベントは 勝山尚徳(TJ BRAND)が中心となり、企画・運営をして
水上エリアのローカルライダーたちが集まり設営・創作しています。
水上エリアが大好きな人たち1人1人が力をあわせて作り上げていくとても素晴らしいイベントです!!

今年もとても盛り上がり、来場者は2日間でなんと
''1000人''超え!!
また来シーズンが楽しみです!!

今シーズンも振り返るとあっという間に終わってしまい
毎年、時の流れが早く過ぎていく感じがします。

今年で40才……。
歳かな……。
いや、まだまだ……。(笑)

さて、今回は自分のスノーボードのルーツというか、
スノーボードに出会ってから、現在の谷川岳LIFEの始まりまでを書きたいと思います。

ぼくがスノーボードを始めたのは高校3年生 18才の1月でした。

もともと姉貴がスノーボードやボディボードをやっていて
その時の姉貴の男友達がとてもカッコよくて自分もいつかやりたいな~と思っていました。

高校生でお金もなくアルバイトもしてたけど全然たりなくて…
でも、どーしても欲しくなっちゃって親に頼んでお金を借りて神田に買いにいきました。

1人で神田に行ってお店の情報などは全然知らなかったので、
「あッ、ムラサキスポーツ」
これは聞いたことがあると思いそこに決めました!

ギアは板が「サンタクルズ155」
ブーツ&ビンディングは「モロー」
ウェアは「シムス」
ゴーグルは予算もなく買えなかったので、
ミラーレンズピカピカの1500円のサングラス。

家に帰って、早速1人ファッションショー
をしてから、イメージトレーニングをして
ウキウキしていたのを覚えています。
そして、姉貴と仲間の人たちに連れていってもらったのがぼくのスノーボードLIFEの始まりでした。

場所は長野県の嬬恋スキー場で、もうそれ以来行ってないので
どんなスキー場かは忘れてしまいましたが、雪が降っていてとても寒かったことは覚えています。
その当時はあまりスノーボードパークやパイプなどはなかったので
ゲレンデをひたすら滑るという感じでしたが、
うまい人達はギャップやポコジャンなどでエアーをしたり
壁などでスラッシュをしてスプレーをあげたりしているのを見ていて
とてもかっこよくて俺もいつかは
「うまくなりたいっ!!」
「かっこよくなりたいっ!!」
と心の中で強く思いました。

もう、その1回でスノーボードに完全にはまってしまい、頭の中はスノーボードの事で一杯でした。
スノーボードのビデオを見たり、雑誌をたくさん見ました。
で、何かの雑誌で
”Mt Hood…サマーキャンプの記事”をみて
「何だコレ、夏でも滑れるんだっ!!」って知って始めて2回しか滑ってなかったけど、
高校卒業して本当は就職も決まっていたけど、
それもやめてしまいアルバイトをしてMt Hoodのサマーキャンプに1セッション参加しました。
もちろんハーフパイプやワンメイクジャンプなんか
見たこともやったこともなかったので全然出来るわけもなく…
ハーフパイプでは
フロントサイドの壁でこけて、
バックサイドの壁でこけて
合計8回こけるみたいな……(笑)

ワンメイクジャンプは
脇を通り過ぎるみたいな……(笑)

それでもすごくすごーく楽しかった!!
たくさんの友達も出来たし、
プロライダーと知り合いになれたり、
日本人・外国人のプロライダーの滑りもLIVEで見れて最高の時間でした。
ちなみに帰る頃にはパイプ内(かなり下の方)で壁に少し登りながらターンをして下まで滑れました!!
その時はとても感動しました。

その次のシーズンはMt Hoodで知り合った人達に
シーズン中はスキー場で働きながら滑るとか、
ホテルやペンションなどて働きながら滑るという
お金を稼ぎながら滑る「山籠り」というスタイルを聞いて、
自分も「それだっ!!」て思い、色々探して行き着いた所が長野県の北志賀エリアでした。
北志賀のペンションの求人を見て連絡してみると朝晩は忙しいけど、
昼間の空いている時間は滑っていいよと言ってくれたのでそこに決めて、
初めて山籠りスタイルをしました。
そこでは60才くらいの夫婦とおばちゃん1人の3人で切り盛りしていたのですが、
とてもイイ人で忙しい時もあったけど、いつも時間が空いたら
「滑ってきていいよ」と言ってくれて、本当に良かったです!

もう本当の家族みたいになっちゃって別れがとても辛かったです。
そこでは、12月末から3月始め頃まで働かせてもらいながら
北志賀エリア「北志賀ハイツ」「小丸山」「竜王」 たまに「高井富士」など
とても環境が良くてすごく楽しくて良い思い出となっています。

そして、翌年
「スノーボードをやってるなら北海道は絶対に行った方がいいよ!!」
「山は大きいし、雪がいいよ」
色々な人から聞いていたので自分の中でもいつかは行ってみたい場所だったので行くことにしました。
でも北海道の事は何も知らなかったのでとりあえず北海道と言えば札幌だろと思い目指しました。
1人でその時の愛車「テラノ」に荷物を詰めて新潟からフェリーに揺られて小樽に上陸。
が、北海道の事は何も知らなかったのでとりあえず札幌の街に行き不動産屋き飛び込んで
「安くてすぐ入れる部屋はありますか?」と言って何とか無理矢理でしたが部屋を見つけてもらい、
そこにすみながら札幌国際や周辺スキー場を滑っていました。
ですが、友達もいなく仕事もしていなかったので
気持ち的にも金銭的にも寂しくなり2ヶ月で本州に戻ってきちゃいました…
その帰りのフェリーで新潟まで来ると雪も降っていたし、
どこかで滑ってから家に帰ろうと思い、たまたま谷川岳天神平スキー場に行きました。
今考えれば、その日は「THE DAY」みたいな日でバフバフのpowderで
すごーく楽しかったんです!!
地形とか通路の崖みたいなところでジャンプしたり
「近くにこんなに素晴らしい山があったんだっ!!」となりその日から車中泊で籠っちゃいました(笑)
そこからぼくの谷川岳LIFEが始まりました。


snow column加治秀之
1回目 2015/4/15 『山と自分と仕事』
2回目 2015/5/20 『SNOWBOARD LIFE』
3回目 2015/6/3 『仲間』
4回目 2015/6/17 『谷川岳』
 

 
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