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surf columnSURF COLUMN 2014/9/2  

稲田 邦匡
1964年千葉市生まれ 南房総市在住 千葉大学医学部および同大学院卒業
日本プロサーフィン連盟(JPSA)オフィシャル・サポート・ドクター
日本整形外科学会認定整形外科医
日本体育協会公認スポーツ・ドクター
南洲会 勝浦整形外科クリニック副院長
国際スポーツ医科学研究所(ISMI)監査
競技スポーツとしてのサーフィンの発展のために尽力しています。
1回目 2014/8/20 『サーフィン・ドクターとしての「私とサーフィン」』
2回目 2014/8/27 『競技スポーツとしてのサーフィンの発展性について』
3回目 2014/9/2 『サーフィンの競技特性とスポーツ傷害
「どうしたらパフォーマンスがアップするのか?」』
4回目 2014/9/17 『サーフィンと・・・』

『サーフィンの競技特性とスポーツ傷害「どうしたらパフォーマンスがアップするのか?」』

第3話では、サーフィンに関する医科学研究の結果を少し紹介したいと思います。これまで、医学会での競技サーフィンに関する研究発表を11回行ってきましたが、こうした研究を行っているのは、後にも先にも我々の医療機関だけです。
①サーフィンの競技特性とは?
よく、サーフィンは「腰に悪い」とか「首に悪い」とか言われるのですが、本当でしょうか?それは、サーフィンという競技での体の使い方の特性を分析すれば分かります。競技中の体の動きの分析法には、バイオメカニクスという手法があります。野球の投球フォームなどの動作を高速度カメラで撮影して分析する方法や、体の色々な部位にマーカーを取りつけてこれを複数の特殊なカメラで撮影して、コンピューター上で体の動きを再現する方法、体などにジャイロ・センサーを取り付けて空間的な動きを分析する方法、また体に電極を取り付けて様々な筋肉の活動を分析する方法などです。走る、跳ぶ、投げる、打つ、蹴る、滑る、泳ぐ、漕ぐ、体操などの要素に当てはまる競技の分析は、かなり進んでいます。ところが、海という極めて不安定な環境で行われるサーフィンの動作分析には、ホーム・ビデオの映像の分析くらいしか行えないため、研究としては未だ皆無です。我々も分析を試みているのですが、まだまだ学問には程遠いレベルです。
ですが、JPSAの大会に帯同して、サーフィン競技を日本国内では間違いなく最もたくさん見てきたサーフィン・ドクターとしては、いくつかの仮説を確信しております。
その一つは、競技サーフィンの動作は上半身と下半身の間で繰り返される回旋動作が中心であるということです。スピードが乗った回転軸のブレないトップ・ターンでは、豪快にスプレーが飛びます。個々の技で体の捻り方は勿論違いますが、上体の先行動作によって繰り出される下半身の回旋動作が、素晴らしいターンを生むわけです。上級者のオフザリップでボードのノーズが真上を向いている時には、すでに頭と両肩は真下を向いているくらい180度体が回旋しています。また、この回旋動作はターン動作ばかりでなくアップ・アンド・ダウンで加速していくと時にも生じます。

また、上級者ほど深いボトムターンから高いリップ・アクションまで身体の上下方向の移動が大きいわけですが、陸上で行われる球技やスノーボードなどと比較して、水の上で行われるサーフィンでは、下に降りてきた時の腰部や下肢の関節にかかる荷重負荷は少ないということです。反対に、陸上ではジャンプして着地する時に、床や地面から受ける反動で大きな荷重負荷がかかります。水の上ではこの反動が軽減されるわけです。
さらに、ライディング動作以外のパドル動作やダック・ダイブ、テイクオフ動作、プルアウトなどは、上達するほど効率が良くフォームも美しいものです。これは、試合の時に疲労を最小限にする要素でもあり、とても重要です。
これらの仮説は、スポーツ医科学的な証明が難しいのですが、サーファーの皆さんにとっては「当たりまえの事」と思えるでしょう。しかしながら、サーフィンは波という自然を相手に行われるスポーツであるために不確定な要素が極めて大きく、その分析や競技理論の構築が難しいのです。でも「だからこそ面白い」訳でもあり、大会が全てウェーブ・プールで行われるようになったら、ちょっとつまらないでしょうね。
②サーファーの身体特性とは?
プロ・サーファーら長年サーフィンをしてきた選手に見られる体の特徴があります。パドルのため僧帽筋、大小胸筋、前鋸筋が発達して肩甲帯が前上方に偏位して、背筋群の発達のため胸郭が硬く、腸腰筋の筋緊張とともに股関節の屈曲拘縮、腰椎前弯の増強きたし、テール側の足は踏込みのためにアーチの低下、回内足変形、外反母趾変形をきたします。尻が出っ張った反り腰が典型例です。

では、サーフィンに適した身体特性はどうでしょうか?サーフィンは体操やフィギュアスケートなどと同様に、技の難易度を競う演技系種目であることから、体の高い柔軟性やバランス能力、瞬発性が要求され、体重が重くなるほどのパワーはむしろ害と言えるでしょう。JPSAでもWCTでも、トップ・サーファーは、みな意外と細く小柄です。よりリスクの高い状況で難易度の高い技を出すためには、重心をコントルールする体幹筋や骨盤周囲筋の筋力が要求されるのは勿論ですが、全身の柔軟性が高い方がより変化に富む動きが可能になるはずです。スポーツ医学的にもなかなか難しい分野なのですが、やはり重要なのは「柔軟性」でしょう。
③サーファーに多い急性外傷と慢性障害とは?
我々は、2009年からJPSAの大会へ帯同して、メディカル・ステーションで選手のコンディショニングや怪我と病気への対応を行ってきました。その時に集計したデータも以前に学会で発表したのですが、我々のクリニックのサーファー専門の「サーフィン外来」を受診した44名のプロ・サーファーらの127件のデータを、松本悠市PTが昨年学会発表しました。これは、サーフィンという競技におけるスポーツ傷害をまとめた日本初の信頼性の高いデータです。

その結果、サーフィンに多い急性外傷(軽い切り傷や打撲等を除く)では、膝関節の内側側副靭帯(MCL)損傷が最多で、次に足関節の外側靭帯損傷が多く、次いで頸椎捻挫が見受けられました。さらに面白いことに、膝のMCL損傷は、ショート・ボードではテール側、ロング・ボードではノーズ側に多く、足関節の靭帯損傷は全くその逆というデータを、以前に八亀康次ATが学会で発表しました。この理由には、重心予測と股関節可動域が関係していると考察しました。

次に、サーフィンに伴う慢性障害としては、腰部、肩関節、頚部の順に多く、その3つで全体の75%を占めていました。このうち腰部障害では、腰背部の筋・筋膜由来の痛みが大部分で、これには股関節の固さが密接に関わっています。また肩関節障害は、肩甲~上腕関節の可動域不足や、肩甲~胸郭関節の動き悪さが大部分でした。頚部障害は、なで肩姿勢に伴う症状や椎間板ヘルニアなどが多く、肩や頚部の傷害ではパドル動作が大きく関与していると考えられます。
ただし、これらのスポーツ傷害には、サーフィンの競技特性から生じる部分も勿論ありますが、競技者自身の身体の管理不足も大きく影響していると考えられ、傷害の予防方法の啓蒙活動の必要性を感じております。
④では、どうしたらパフォーマンスがアップするのか?
私はトレーナーでもコーチでもないので、サーフィンのスキル・アップに関して講義できるわけはありません。しかし、医師の視点から言えることは、柔軟性が失われた状態でサーフィンを続けていても腰痛などのため十分なパフォーマンスが発揮出来ないばかりか、膝や足の怪我を誘発する可能性があります。そのためには、選手の体の状態を把握しコンディショニングを指導するサーフ・トレーナーの育成が必要でしょう。
さらに、他の競技スポーツと同様に選手のパフォーマンスを評価・指導するコーチの存在は不可欠と言えます。世界を目指すには、選手自身の努力のみならず、こうした選手のサポート体制の構築が絶対条件です。関係各位のご協力を、是非ともお願いしたいと思います。

surf column稲田 邦匡
1回目 2014/8/20 『サーフィン・ドクターとしての「私とサーフィン」』
2回目 2014/8/27 『競技スポーツとしてのサーフィンの発展性について』
3回目 2014/9/2 『サーフィンの競技特性とスポーツ傷害「どうしたらパフォーマンスがアップするのか?」』
4回目 2014/9/17 『サーフィンと・・・』
 
 
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