interstyle

INTERSTYLE 2020
開催:2020年2月18日(火) 〜 2月20日(木) 
会場:パシフィコ横浜詳細 »

アクセス

交通案内
宿泊案内

Youtubeチャンネル

INTERSTYLE MOVIE

コラム

松本浩『第1回 自己紹介と横乗りとの出会い』

2019/07/03 tag: 松本浩

皆さんこんにちは。初めての方は初めまして。
古川太郎君からの紹介でコラムを書かせてもらう事になりました松本浩です。
80年代の終りから人生の中心にスノーボードがある、主に冬山に生息している横乗りストです。今もスノーボードが大好きですが、近年は雪板やスノスケで遊んでいることの方が多いです。特に面白い事や大した事は無いかもしれませんが、その当時の思い出や体験談、今の事や思う事などを書いてみよう思いますので今回より4回お付き合い宜しくお願いします。

初めて横乗り(スノーボード)と出会ったのは1980年代の終り頃、父親の仕事の関係で冬になると毎週末滑っていた長野県の北信地方にある志賀高原というスキー場の高天ヶ原ゲレンデでした。当時は小学生でスキーのアルペンキッズ、リフトの営業開始から終了まで滑り尽し、大会があるとエントリーしてレースするみたいな生活をしてました。
そんな時、確かテレビの撮影だったと思いますが新しいスポーツの紹介という事で数名のスノーボーダーがそのゲレンデに現れました。「なんだあの乗り物は⁉︎」と当時衝撃を受けたのを今でも覚えています。 印象に深く残ったスノーボードでしたが、どこで買えるのかも知らなかったし、志賀高原ではその撮影の時だけ滑ることを許可されていただけでその日以来見ることもなくそのまま変わらずにスキーを続けていました。

 Matsumoto Hiroshi photo
(志賀高原から望める景色のひとつ)

それから直ぐに父親が仕事場を "北志賀ハイツ"という所に移す事になり遊び場がそこになったんですが、そこでまたスノーボードに出会いました。自分もスノーボードしたいと父親に頼んでみたもののまだ小学生、その頃は今みたいにキッズボードなんて存在して無かったので成長期のじぶんにはまだ早いと理由で直ぐにはやらせてもらえませんでした。
それでもしつこく頼み込み、1988~89シーズンにアルペンで大会に出るなら良しとの許可をもらいスノーボードデビューする事が出来ました。とはいえ子供用の板もブーツも無かった時代なのでその時家にあった1番短いボードをスキー靴で履くというちょっとダミアンっぽいスタイルが初めてのスノーボードでした。

 Matsumoto Hiroshi photo
(90年代の板達。真ん中の板が初めて乗った板)

初めて体験した日は全く滑れなくて開始30分で逆エッヂ、(その板にはエッヂが無かったのですが)脳震盪になり二度としたくないと思った程酷いものでした。それでも2回、3回とやっていくうちに段々と滑れるようになり、そのうちにどんどんのめり込んでいって、自由にコントロール出来る様になった頃には競技にも興味が出て来るようになり、2シーズン目には父親との約束だったレースに出る様になりました。しかしその当時生活を共にしていたスノーボーダーのお兄ちゃんお姉ちゃんはリアルフリースタイラーな人達(髪は赤だったり緑だったりモヒカンだったりドレットだったり服を脱いでも柄があったり?)で、いわゆるガッチリレーサーになるはずも無く、大会はアルペン、遊ぶのはフリースタイル、みたいな感じの横乗りライフが始りました。

90年代に入るとスノーボード人口が一気に増加して滑れる場所も増えていき、だんだんと僕のスキルも上がって来て、93~94年頃には大人に混じっての大会で入賞したり全日本のジュニアで優勝する事も出来る程になってました。
その頃から目標が高くなり世界で戦ってみたいと思うようになっていて、丁度地元の長野にオリンピックを呼ぼうと盛り上がっていた時でもあったので出場を目指し、95年からアメリカの東海岸にあるウインタースポーツ選手の養成学校みたいな所に行く事になりました。アメリカでトレーニングを積みながら大会を転戦しているうちにスキルもさらに上がり帰国する前に全米ジュニアで優勝する事も出来ました。これでオリンピックに出れるかもと期待もしましたが、その時点で選抜は終わっていたのと得意だった種目がオリンピックから外れてしまい出場することは叶いませんでしたが、帰国後一年だけナショナルチームに所属させてもらいワールドカップに出場する事になり、目標だった世界で戦う事が出来ました。
しかしレースに飽きて来てしまったのと怪我もあり成績も出せなくなっていき2000年にレースを引退しました。
そこからはスキースクールのスタッフにスノーボードの滑り方や教え方を伝えたり、インストラクターをしてスノーボードの楽しさを伝えたり、山に登って滑るとかディガーとか選手の時には出来なかった事をしながらスノーボードを続けて来ました。最近では雪板やスノースケートが面白すぎてそっちばかりしたり、大会設営や地形造成イベントなんかに携わりながら横乗りライフを楽しんでいます。

 Matsumoto Hiroshi photo
(地形造成イベントで仲間と造ったコースの一つ)

なかなか文章をまとめるのって難しい事ですね。次回も頭を抱えながら(笑)自分のルーツである北志賀ハイツでの思い出でなんかを書こうと思います。
ではまた次回も宜しくお願いします。

 

松本 浩プロフィール
1979年7月11日生まれ
yukiita circus 団員 / 地形研究会員
スポンサー:CREDIT racing / YUKINEMAKI clothing / PRANAPUNKS SNOWBOARDING
/ MAKEYUKIITA / KRD / HATOS BAR / and many friends

 

INTERSTYLE magazine

INTERSTYLE magazine

2020/3/18 配信

INTERSTYLE movie(インタースタイルムービー)収録動画公開中です!

2020/03/18

ザ・サーファーズジャーナル日本版 9.6号発売中!!

2020/03/18

Goes Windyが全てモノトーン描いた新作を発表

2020/03/18

EARTH FREQUENCIES by OZZY WRONG リリース

2020/03/18

COLUMN

COLUMN

SURFCOLUMN

内田美智子

「第3回 進化続けるソフトボード PART2」

SKATECOLUMN

齋藤孝吉

「第1回 アナログ時代だった中学生日記」

SNOWCOLUMN

堀井優作

「第2回 ヒトニギリノイナリ」